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天天晴天:台湾ドラマと中華なドラマ

台湾ドラマや中華なドラマの感想を書いています。吳慷仁が好きです。

「キミをプロデュース」 第10話

「キミをプロデュース~Miracle Love Beat~」(A咖的路)第10話。

 

ギターを弾く(ふりをする)シューユー(吳慷仁)がかっこいいです。

 

シューユーが路上で「你是唯一」を口ずさむときの歌声は吳慷仁の声ですよね。映像とはまったく口元が合っていませんが、もう聴ければなんでもいい気がしてきました。どんどん流してもらいたいです。

 

以下、ネタバレあります。

 

 

 

新聞で自殺をする人の兆候を読みながらシューユーに当てはめるウェイジェン。シューユーがめまいを起こした後には頭痛で助けを求める彼の姿を妄想していましたし、また来たか、という感じでしたが、今回は本当のシューユーの姿が重ねられていていました。この違いは、二人の距離の変化にも見えます。

 

男性側が自殺するのではと誤解されてヒロインに救われるって、よくあるものなのでしょうか。先週放送された「カノジョの恋の秘密」のテリーもヒロインに自殺と勘違いされ救出されていて、あちらはテリーが本当に危ういのでじーんと来るものがありましたが、こちらはウェイジェンの妄想力に圧倒されます。

 

ウェイジェンがカウントダウンライブでシューユーと出会っていたことに気づき、シューユーもそれに気づくシーン、感動的に展開してもよさそうですが、それほどロマンチックには盛り上がりません。ウェイジェンは思い出してもらっている間、嬉しそうに笑顔でシューユーを見ているのですが、シューユーの方は、あのダサいポスターに載っていた女の子か、成長したな、と辛辣なままで笑顔ゼロ。あなたが引退したら音楽界は終わる、私も一緒に引退します!と叫ぶウェイジェンにも、君は音楽界にすら入ってないと淡々と言うシューユー。この辺りの容易に励まされたり接近したりしないところはこのドラマに良く見られるシーンですがおもしろいです。

 

シューユーのお母さんって、失くしたお財布の人ですよね。歌手だったんですね。ウェイジェンの父親は作曲をしていましたし、社長たち含め、なんとなく予想ができる部分もありますが、親世代にもいろいろありそうです。

 

曲を書くとシューユーに言われたウェイジェンは、いつもと違って受け止めるまでがとても慎重です。本当だとわかって、思わずシューユーに抱きつきそうになりながらも思い止まるウェイジェンがかわいい。そんなウェイジェンに、来、とハグ許可を出して抱き寄せるシューユー。いいなあウェイジェン。ハグのあとに、8年もこのチャンスを待っていたと言って涙するウェイジェンにはもらい泣きしてしまいました。ウェイジェンがいかに夢を追い続けてきたかを感じさせてくれます。

 

ジアシン、すべてを得ようとするとうまくいかないのよ。

シューユーは愛してくれる恋人で、自分のすべて、歌う原動力、そして仕事の面でも自分を今の地位にしてくれた存在。でも、すべてを思い通りの形で得ることはできません。何かを手放さなければ、結局は失ってしまう。ジアシンはまだ、すべてを手放せないのでしょうね。

 

ジアシンに、守ってやる、と言うリーダーですが、怖いです。その迫り方は、激しい思いを感じるというより、ジアシンが襲われているかのよう。

あまりに怖いので、調べてみました。リーダー役の李政穎、1976年生まれの39歳。撮影当時で37歳。ジアシン役のニータ・レイ(雷瑟琳)は当時24歳。まさかの13歳差。襲っているように見えたのはこのせいだったのかも。

 

会計士になったムーチュンと子供に音楽を教えているチアオルー、この二人は、彼らのような生活が安定と音楽の楽しみの両方を得られて幸せなのかも、と思わせられるカップルです。どうやって夢を追い求めていくのか、どんな風に音楽と向き合っていくのか、このドラマは、そんな問いかけと答え探しを見ているようです。

 

前回、終わり方がDVDとちょっとだけ違うと書きました。会話の中のちょっとした違いなので、短い入れ替えがあるだけなのですが、グォさんがしゃべっている映像の一部はDVDではみつけられていません。見落としかもしれないのですが、どうなっているのかちょっと気になりました。

 

今回は、お話よりも、ギターを弾く(ふりの)吳慷仁、これに尽きます。かっこいい。

楽器を弾く姿というのは一般的にもかっこよく見えるものだと思いますが、シューユーとして楽器を弾く吳慷仁は色っぽいです。弱弱しい姿で殴り合いをしたり、妙に甲高い声で叫んでいる人と同じ人には見えません。

シューユーを演じてくれた本当に良かったです。