天天晴天:台湾ドラマと中華なドラマ

台湾ドラマや中華なドラマの感想を書いています。吳慷仁が好きです。

「幸せが聴こえる」 第24話

「幸せが聴こえる」(聽見幸福)、ハジメちゃんの包容力を感じた第24話。雨の中のキスシーンもロマンチックでした。

 

そして今回、セリーナが出てきました。これは知らなかったのでびっくり。

あまりに有名な話ですが、S.H.EのSelinaこと任家萱は、ユーシー役の任容萱のお姉さんです。7歳も歳が離れていますので、二人でいる場面を見ても任容萱は子ども扱いされているように見えます。外見は似ていませんが、透明感のある歌声は似ていますね。小さい頃からかわいかった任容萱は、周囲の人からいつも妹さんかわいいわねと言われるので、ご両親はお姉ちゃんはもっとかわいいと言っていた、という記事を読んだことがあります。周囲の人がかわいいと言葉にしてしまう気持ちはわかりますし、セリーナの優しく聡明な感じとは本当にタイプが違います。セリーナの妹への優しい視線を見ていると、ユーシーがいかにも大事に育てられた子らしい嫌味のなさを持っていることが腑に落ちる気がします。

 

以下、ネタバレあります。

 

 

 

「瞳が魅力的で危険すぎるから」テレビ出演時にはサングラスを掛けてほしいとユーシーに言われ、ちょっと苦笑したあとPC画面で見た目を整えるハジメちゃん。微笑ましいラブラブカップルのやりとりとして楽しめばいいのかもしれませんが、突っ込む言葉が浮かんでしまい集中できません。ハジメちゃんの小ぶりな目元も優しさがあっていいとは思いますが、目力が売りというタイプではないのに、なんでそんな台詞にしたんだか。ハジメちゃんのチャームポイントはそこじゃない。他にハジメちゃんを褒める言葉やいくらでもあったでしょうに、ここは演じる人に合わせてほしいです。

 

ジャンチェン義父がダイヤモンドを贈るシーンのハジメちゃんは素敵です。困っているけれど、優しくて、穏やか。この包容力のある雰囲気がハジメちゃんの魅力のひとつだと思います。このシーンでは、「我愛妳不會改變」が流れ、義父たちの気遣いに気まずくなるシーンながらも温かさが際立ちます。「我愛妳不會改變」は好きなのですが、オフィシャルMVはないみたいですね。

 

雨に降られて雨宿りをするジャンチェンとユーシー。かつてヤーティーと出会った民宿を訪れた頃を思い出す甘い雰囲気です。ここでもジャンチェンを気遣いしゃべりまくるユーシー。ジャンチェンが、チェン・ユーシー静かにして、と言った時には思わず笑ってしまいましたが、その過度に淡々とした言い方にあれ?と思ったらキスシーンに突入。このシーンは素敵でした。景色や雨といった背景や光の入り方もきれいですし、ジャンチェンが雨除けにしているジャケットをユーシーの背中側にしている姿も絵的にきれいです。そして、二人の関係としても、これまでで一番しっくり来る気がします。

 

謎の赤い車が来たと思ったら、ジャンチェン義父、ジャンチェン母、フェイフェイが二人のキスを目撃。未成年は見ちゃダメと手で目元を覆われるフェイフェイを見て、両親のキスシーンを見ないように花拓也に目元を覆われた暁楽を思い出しました。暁楽の方が拓也よりしっかりして見えるという不思議な関係の大仔と小楽。また放送してほしいなあ。

 

バネッサが言うように、子どもが産まれるまで付き添う責任があるというボーイエンの考えはよくわかりませんし、ボーイエンの言うように、子どもを産もうとするバネッサの気持ちもよくわかりません。バネッサはまだしも、ボーイエンにはどんな考えがあるのか。本心が読めない人だけに気になります。この人たちはメインのお話から完全に外れてきているのに忘れたころにやってきて思わぬ進展を見せるので、まだまだ絡んでくるのでしょうね。

 

予想以上に早く、ヤーティーもルオハンとユーシーが双子であると気づきました。ヤーティーがそのことに気づいたら、ジャンチェンを好きになる、ユーシーのライバルになる、そのことだけがずっと頭にありました。ところが、ヤーティーは、「心配ないわ、私が代わりになる」と胸に手を当てて語りかけます。これまでも、ジャンチェンへの好意と同時に、ユーシーを妹のように見る様子は何度となくありましたので、ユーシーへの思いは予想外ではありません。しかし、ヤーティーが最初に語り掛けたのはルオハン。そして語った内容は、姉としてユーシーを支えるということ。ここは温かくも切ない気持ちになるシーンでした。

 

ヤーティーがルオハンの記憶を受け継いでいる、というのは、記憶転移と呼ばれる現象ですよね。医学的・科学的に証明された現象ではありませんが、もうずいぶん前からこういった現象の報告を目にします。もちろん、それぞれの真偽はわかりません。でも、世の中にはまだ証明されていないことがたくさんありますから、もしかするとあるかもしれないと思って、ドラマの世界に浸っています。