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天天晴天:台湾ドラマと中華なドラマ

台湾ドラマや中華なドラマの感想を書いています。吳慷仁が好きです。

「幸せが聴こえる」 第28話

幸せが聴こえる

「幸せが聴こえる」(聽見幸福)第28話。

 

あと5話しか残っていないのに、まだまだ先が読めません。

 

以下、ネタバレあります。

 

 

 

もしも、生き別れたまま亡くなった双子の姉がいて、その姉の心臓が目の前の女の子の中で鼓動していたら。そして、その鼓動が自分のせいで止まりかけていると感じたら。ユーシーがたとえジャンチェンと別れてもルオハンの心臓の鼓動を止めたくないと思う気持ちは理解できます。でも、それが幸せなことなのかと言えば、やはり違うでしょう。ユーシー本人はもちろん、ジャンチェンにとっても、ヤーティーにとっても、ルオハンにとっても、幸せに繋がる選択ではないはずです。板挟みのような混乱した状況に、ユーシーに気持ちを整理する時間をあげたい、と思ってしまいます。

 

しかし、ジャンチェンがやってきて、失明していた時期に、“これを鳴らしたら駆けつける”と言ってユーシーがくれたベルを鳴らします。それも二度三度とぐいぐい押し続ける熱いジャンチェン。彼のユーシーへの気持ちは伝わるものの、そのベルまだあったのかとか、電池が切れていなくて良かったとか、邪念にさいなまれ、その熱さを受け止めきれません。

 

あのベルが今になって登場するとは、本当に凝ったドラマです。カボチャの馬車のロープウェイをはじめ、かなり大道具小道具にこだわっていますよね。

こだわりはロケ地にもあるのだと思いますが、ユーシーとジャンチェンが二人で話すシーンの背景もきれいでした。

 

ジャンチェンに詰め寄られ、本心を伝えるユーシーですが、大声で「チェン・ユーシー」と言われたとたんに泣きながら白状する、という場面が、お説教する先生と小学生みたいでついついリピートしてしまいました。こんな小学生みたいな泣き方をしてもかわいく見える任容萱はすごい。

“姉さんの心臓に負担をかけたくない、ヤーティーの命を守りたい、二人にはこれからも生き続けてほしい、だからお願い、もう来ないで”。ユーシー…。涙涙涙。

 

こんなにもユーシーが耐えているというのに、ジャンチェンときたら、ヤーティーの元を訪れ、ヤーティーと出会った頃はルオハンを思って闇に閉じこもっていたけれどユーシーと出会って幸せになったしユーシーが大事(超概略)、とペラペラ話します。

ひどい。

でもヤーティーは優しいです。亡くなった人への思いは懐かしむものであって重荷にすべきものじゃない、過去と別れを告げるのを怖がらないで、と、ユーシーとの幸せを大切にすべきだと応えてくれます。

これは、彼女をルオハンだと思って見ればいいのですよね。ルオハンなら、ユーシーが姉を守ろうとしたように彼女も妹を守るし、愛していたジャンチェンを支え、二人の幸せを願うことでしょう。でも、ここにいるのはヤーティーです。ヤーティー自身の気持ちもあると思うと、やはり、ジャンチェン、甘え過ぎ。ここは、せめて、ヤーティーを思いやりながら話していたけれどヤーティーに悟られる、くらいにしてもらいたかったです。

ジャンチェンに対しても、自分の病気に対しても、すべてを受け入れていくヤーティーの穏やかな様子は、むしろ辛さを感じさせます。

 

かわいいカップル、フェイフェイとユーアンは、彼の神父を辞める決意でめでたしめでたし、なのでしょうか。フェイフェイに抱きつかれたユーアンが初めて嬉しそうな顔を見せていましたね。ようやく受け止めてくれたようでこちらも嬉しいです。

 

訳ありに見えていたボーイエンですが、本気でユーシーを愛している、ということなのでしょうか。ジムを優先しておいて、いまさら。それに、バネッサのお腹に子どもがいることとはどう整理しているのか。バネッサは成り上がるための相手でユーシーが愛する相手、とも見えませんし、心の見えないボーイエンです。