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天天晴天:台湾ドラマと中華なドラマ

台湾ドラマや中華なドラマの感想を書いています。吳慷仁が好きです。

「雲中歌~愛を奏でる~」ざっくり②

「雲中歌~愛を奏でる~」ざっくり①のつづきです。

 

 

【かっこいい劉病已とかっこいいと自覚している陳暁】

孟珏にはまりましたが、一人選ぶなら劉病已です。特殊な生い立ちで庶民として育ち、その時に結婚した妻を連れて宮廷に行き、皇帝になる、生き残るために勢力ある家臣の娘を娶りながらも糟糠の妻を皇后にし、外見は陳暁。劉病已を主役に描いてくれたら良かったのにと思うほどです。孟珏は杜淳が演じたことで男性的になりましたが、役柄だけを考えると、孟珏が(守っているけれど)守ってあげたい系なのに対し、病已は守ってもらいたい系。病已はドラマチックな要素が多く、負の要素もありますが、その負の要素がけっして愚かな選択とは言えないところが人物として魅力的です。

 

陳暁の名前と顔は知っていましたが、出演作は初めて見ました。その人気に納得です。この人は自分がかっこいいということを誰よりも知っている人なのだと思います。嫁や雲歌に対するちょっとした仕草や表情に女性への自信がだらだらと溢れています。

すっきりした外見とは異なり濃い目の味付けだった陳暁。動いた方がかっこいいタイプですね。

 

 

【劉賀劉賀劉賀】

劉賀、良かったです。

多面的な内面が伝わり見る側をどんどん引きつけてくれました。雲中歌で涙した数少ない場面のひとつが劉賀。孟珏との関係やそれに対する彼の思い、紅袖に対する表には見せない愛情など、心に響くという面では、劉賀が図抜けていたと思います。

悪に手を染めたり失脚したり、けっしてかっこいい役ではありませんが、その人間味が魅力的でした。

 

 

【二股雲歌と一途な女性たち】

こんなにも堂々と無自覚に二股を続けるヒロイン雲歌。

そもそも雲歌が劉弗陵を好きだということも、子供時代の約束があるからで、人違いをした劉病已でも好きになれたこと(そう見えたこと)を考えると、劉弗陵への思いには説得力がありません。一方、孟珏とは過去を知らずに愛し合っており、彼に対する恨みの大半は誤解なので、真に愛した相手は実は孟珏という気さえします。しかし、雲歌は呪縛のように劉弗陵を愛し続けます。

ならば孟珏のことは心から消し去ればいいものを、憎しみや恨みという形に変えて心に留め続け、究極の二股に。

それに比べて、周囲は一途な女性ばかりです。雲歌に居座られてもいい子でいつづける小妹、世界が変わっても病已を愛し続ける平君、劉賀母によるひどい仕打ちにあっても劉賀を支え続ける紅袖、執着心との判別不能ながら女性としては孟珏だけを思い続ける成君。雲歌、一途さではあの成君にすら負けています。男性陣に至っては全員が一途です。

おかげで、もっともどうでもいいカップルが雲歌と劉弗陵になってしまいました。

 

これ、雲歌の劉弗陵への思いと孟珏への思い、さらには劉病已への思いの違いを、もう少ししっかり表現できていたら違っていたのかもしれません。

「歩歩驚心」の若曦も複数の男性に好意を寄せられ寄せていましたが、それらはかなり違いが明確で、たとえ好きでも前に進めない彼女なりの理由もはっきり伝わっていました。雲歌はそこが少し弱かった気がします。陵哥哥への全面支持と孟珏への徹底した恨み、このあたりの雲歌の内面をもう少しうまく伝えてくれたら、雲歌と劉弗陵にも気持ちを込めて応援できたかも。

 

つづきは「雲中歌~愛を奏でる~」ざっくり③へ。